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ジョン・レノンが噛んだオノ・ヨーコのリンゴ、2人の馴れそめとなった「天井の絵」の真相

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ジョン・レノンとオノ・ヨーコは1969年3月20日にスペイン南端の小半島にあるジブラルタルで結婚しました。2人の馴れそめは1966年11月にジョンが友達に誘われて開催前だったヨーコの個展を訪れたことから始まります。

オノ・ヨーコは前衛芸術家でユニークな作品が多く、ジョン・レノンはまだ前衛芸術への理解が薄いうえに言いたいことは言うぜみたいな性格と来ているからそれは起きるべくして起きたのではないでしょうか。

「天井の絵」という作品は、脚立があってそれを登り天井にぶら下がっている何かを見たら「YES」の文字が。ジョンは後々、それが「NO」の文字だったら前衛芸術への懐疑心は変わらなかっただろうと話しています。

ジョン・レノンの仰天行動、「天井の絵」で起きた真相をオノ・ヨーコが明かす

ジョン・レノンの故郷であり、ビートルズが生まれ育った街として知られるイギリス・リバプール。世界中から人が集まるようになったその街のリバプール博物館にて2019年11月まで開催され、70万人を動員する大盛況をおさめた『DOUBLE FANTASY – John & Yoko』展が日本に上陸、2020年10月9日から東京・ソニーミュージック六本木ミュージアムで開催されました。

その展覧会でも「天井の絵」を展示しましたが、脚立の前に並ぶ直方体のケースの上に青いリンゴがのっかっていました。

オノ・ヨーコは2021年9月21日にTwitterで、まだ若かった時にそのリンゴがのっかったケースの前であぐらをかいて座るところを投稿。

リンゴが置かれたケースの前であぐらをかいて座る若きオノ・ヨーコ(画像は『Yoko Ono 2021年9月15日ツイッター「APPLE, 1966」』のスクリーンショット)

「APPLE, 1966」

「He didn’t say anything. He just grabbed it and bit it and looked at me like, you know, “There!” you know? I was so furious, I didn’t know what to say. And it all showed in my face: How dare this person, you know, mess around with my work?」とツイートしたのです。

1966年とはジョンがヨーコの個展を開催前日に友達と訪れた年。1968年に設立されたビートルズのレコードレーベルの名称が「APPLE」です。

オノ・ヨーコが英語でツイートした文章を分かりやすく解釈すると「彼は何も言わずにそれをつかんだかと思うとかぶりつき、『There!(そこだ!)』って私を見るじゃない。私は猛烈に怒ってなんて言えばいいのか分からなかったけど、感情はそのまま顔に出ていたと思う。『この人、私の作品に手を出してどうすんの?』」みたいな。

ジョンは「天井の絵」を見て「YES」だったので共感したかもしれないけど、ヨーコはその前に激怒していたらしいのです。どうも2人の出会いはロマンティックなものではなかったようですね。

『ジョンとヨーコのバラード』軽快なリズムで歌っているのはせわしない結婚当時の心の声

ビートルズの楽曲『ジョンとヨーコのバラード』(1969年5月発売)はジョン・レノンが作詞・作曲を手掛け、ジブラルタルで結婚式を挙げるまでの経緯や、アムステルダムのヒルトン・ホテルで行った「ベッド・イン」などのハネムーンを経てロンドンに戻るまでを描いたもの。

レコーディングはリンゴ・スターとジョージ・ハリスンのスケジュールが合わず、ジョンが「早くレコーディングしたい」とポール・マッカートニーに頼み込みポールがベースとドラムを演奏したそうです。

歌詞にはワイフ(ヨーコ)が夜中に「Poor boy(哀れな人)、あなたが死んだときにはあなたの魂以外は何も持って行けないのよ」というセリフや、ジョンが「イージーにはいかないもんだ」と嘆くような歌詞が並び、新婚の華やかさは感じられません。

それでもジョン・レノンらしいアイロニーのある歌詞と「バラード」とは思えないポップなサウンドが印象的で、ビートルズとして全英シングルチャートで17作目の首位を記録しました。

※トップ画像は『The Beatles 2021年8月13日インスタグラム「“I wrote that in Paris on our honeymoon. 」』のスクリーンショット

※文中の画像は『Yoko Ono 2021年9月15日ツイッター「APPLE, 1966」』のスクリーンショット